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2005/05/01

要所でのミス

ゴールデンウィークとはいえ、長期で旅行に行く計画もなく、半数は球を撞く日々になりそうだ。さて、まだまだ風邪は完治していないのだが、少しずつ球を撞いている。特にきっちりと「入れ」に集中して撞くよう心がけてからは、取り切りなども多くなった。球を撞いているときの全体的なノリは変わらないのだが、感覚的な集中というか気分のよさがちょっと違う。なんだか楽しい気分で球が撞ける。

とはいえ、ミスは発生する。「どうしてそんなに強く撞くかなぁ」とか「なんで弾く!?」といった、「入れ」をまったく無視したミスというのは論外だ。「出そう」という意識が強くなり、どうしてもこうした「無理」をしてしまう。ただし、その都度、そのミスに対して「ダメだ」と思えるようになっている点は進歩した証拠なのかも。問題は、入れにいっている状況なのにミスをしてしまう場面だ。特に、これが要所で発生してしまう。トラブルを解消したあととか、難しい配置を乗り切ったあととか、「え、そこで!?」という場面で出くわす。難球がなくなってからミスしているのだから、相手に楽をさせているだけ。これでは勝てない。難しい場面をなんとか乗り越えて安心している気持ちがどこかにあるのかもしれないが、それよりも、なんとういかどういう気持ちで撞けばいいのかわからない感じがする。それほど難しい配置ではないから、ものすごく「入れ」に慎重になる必要はない、けど、「入れ」に慎重にならなくては取りきれないかもれいない・・・という状況。トばしたらダメだとういプレッシャーもあるのかもしれない。

スギケンさんと撞いていて、やっぱりこういう場面が何度もあって、「リズム」の話になった。そうなのかも。リズムをうまく変えてやるといいのかも。よく、ビリヤードは一定のリズムで撞くといい、とあるが、それはそうだろう。でも、それがすべてではないとも思う。一定のリズムで撞くことは大事だし、入れが安定する。ところが、上級者になるほど、いろいろなリズムを持っていて、それを場面によって使い分けているように見えるのだ。だから、一定のリズムで撞けるリズムを、いくつか習得する、というのが実際のところなのかも。とはいっても、このリズムを何種類も習得するのはどうしていいのかわからないし、ものすごく難しいように感じる。そんな中、百合野Pからの言葉を思い出した。「自分の状況を把握する」ということだ。「山を乗り切って安心してないか?」とか、「入れに集中しているか?」とか、そうした精神的な部分を第三者的に見るといいかもしれない。直接リズムにつながらないけど、とにかく状況の違いはわかる。なんか最近、技術的な部分にばかり目がいっていて、こうした自分を見つめるということをプレー中にしていなかったかも。技術と気持ちが一緒に上がっていかないと、きっとビリヤードはうまくならない。そうだ、メモ帳に気持ちの変化みたいなものを記しておくといいかも。

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